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【南信エリア②】長野県の「酒」と「文化」――支え合って醸し出す酒文化②

こんにちは!さんぽくんです。

この連載コラムでは、長野県のエリアごとに、お酒の魅力と酒屋さんの楽しみ方などを酒屋さんにインタビューする形式でご紹介します!
エリアごとのお酒の歴史、観光のヒントなんかも知れちゃいます。

このコラムを読めば、酒屋さんによく人も、行ったことがない人も酒屋さんに行きたくなること間違いなしです!

今回のコラムは南信(伊那)エリア「酒文化いたや」の中村さんにインタビューの2回目です。

「地酒専門店」のこだわり 酒屋の役割とは

――お店の歴史について教えてください。

酒屋としての創業は1952年。12代目の中村安治郎が信濃錦の蔵元に勤めながら酒販免許を取り、井田屋酒店を開業しました。昔は蔵元に勤めてそこから暖簾分け…という流れが普通だったようです。その流れでうちは信濃錦を販売していました。創業者は安治郎ですが、元々は江戸時代かその前から代々農家だったと聞いています。農業だけで生計を立てるのが厳しくなり、安治郎が酒蔵に奉公に出されたのがきっかけです。燃料灯油やタバコ、塩などを売っていた時期もあったようです。

 1973年に法人化し、信濃錦をメインにビールなども販売しました。私が小学生の頃に父が他界したので私は短大を出てすぐに酒屋に入りました。1985年だったと思います。昔は村々にあった酒屋さんもなくなってきた頃で、徐々にコンビニエンスストアや量販店などが増えてきました。ですが、私はコンビニへ事業転換することは怖く感じたんです。加えて、酒屋だけで成功している先輩もたくさんいました。そういった先輩方の教えや手助けもあり、1996年に店を改装し本格的に地酒屋にしようと思いました。

酒文化いたや 外観

究極を言ってしまえば「信濃錦」だけを販売して生計を立てる事だと思います。私たち酒屋はできあがった酒を販売するだけなので、作り手の酒蔵さんを超えることはできません。だけど酒屋には酒屋にしかできないことがある。それはさまざまな種類の酒を取りそろえて、アレンジして販売すること。酒蔵で詳細を聞かなくても、ここで用が足りるのであればそういう役割になれると思いました。量販店に置くようなビールなども扱っていましたが徐々に減らして、今は地酒の店になりました。地酒の銘柄は増えてきているんですけどね。業務用として日本酒のお届けもしています。

――観光の方がお酒の種類が多いからと買いに来られることが多いですか。

観光や地域外からわざわざ来る人も多くなりましたが、地元の方が6割くらいいらっしゃいます。店が位置する国道361号線は、東に進めば桜の名所・高遠に至るルート。昔は桜の季節が始まる前からお花見客が店に寄って「咲き具合はどうか」や「ここから高遠にはどうやって行くのか」などと聞きに来ることが多くありました。それこそ「お花見にはまだ早い」とか「もう花は散っちゃった」という時期を外してきてしまった人が「咲いてなかったから、お酒を買って帰ろう」という人たちがたくさん来ていました。

 ただ、今はもうそういうお客さんもいなくなりました。花の見ごろも全部スマホで調べて、ちゃんと咲いているところへピンポイントの時期に行きます。そういう意味では少し味気ない時代になったのかな、とは思います。

 地元の方のニーズは引き続きありますが、もっと外からの流入を増やせたら良いですね。品ぞろえに頼っている部分もありますが、そのおかげで「このお酒が欲しいです」と来る方は増えてきています。そのお酒があるかないかという話にはなりますが、聞いてもらえれば欲しかったお酒に近い味のものを提案できますし、それに伴ってお酒の知識を持ってもらえるという面白さはあります。本当はしゃべるのが苦手なんですけどね(笑)。でもお酒の説明は何でも答えられるようになっているので、聞いてもらえたら説明します。

中村さんのお言葉の端々に、先輩となる酒屋さん、お酒の造り手、販売する酒屋さん…
周囲へのリスペクトを感じます。
しゃべるのは苦手とおっしゃいますが、じんわりと優しいお人柄が伝わってきます。
お店へお越しの際は、ぜひお酒のことを相談してみてくださいね。

【南信エリア③】へ続きます!